街道とともに栄えた往時の面影
頑固な職人気質と北国の温かな人情がある
500年前、西暦1495年、馬場目の地頭・安東季宗が齊藤弥七郎に命じて、町村に「市神」をまつらせ、市を開いたのが始まりと伝えられています。その後、馬場目城が滅び、藤原内記秀盛が地頭として一円を納め、山よりの町村から谷口の砂沢城下にある五十目に市が移され、物と人がさらに集まり発展します。
江戸時代は、久保田と能代や槍山の中間、そして阿仁鉱山への物資補給の基地となり、市は流通 の拠点として栄え、さまざまな職人が集まり、農作業や生活に必要なものすべてがそろっていました。
市は、民衆のパワーにより、さまざまな時代のうねりをのりこえ今日も繁栄し続けています。